演劇×(教育×地域×採用)

花まる学習会王子小劇場の企画発起人の佐藤孝治の観劇ブログです。

脳出血で倒れてから100日目の5月18日に練馬区の久松湯にて退院後初天然温泉に入ります

退院後の初観劇はヨハクノート「真夏の夜の夢」【原作】W.シェイクスピア【潤色・演出】臼杵遥志 花まる学習会王子小劇場です。5/19[土] 13:00です。

www.yohakunote.com

脳出血100日目となる5月18日20:30頃に練馬区桜台の天然温泉久松湯に参ります。

久松湯のテーマは「光と風、雑木林の中の銭湯」。地下1500mから湧き上がる「ナトリウム一塩化物強塩」の源泉を露天風呂で、しかも都内一律の公衆浴場料金である460円で楽しめるとは驚きです。脳出血から100日目に温泉に入ることができることに感謝です。

脳出血で倒れてからの100日間をご報告します。

観劇して心と体に刺激を与えることがとても良いと確信しているので観劇と観劇ブログをゆるりと再開したいと思います。

脳出血」は年間4万5千人の死亡者が出ている病気で、死因順位は1位「悪性新生物(ガン)」、2位「心疾患(心臓)」、3位「肺炎」に次いで第4位です。あなたが健康で過ごしていただくためにお役に立てていとただければ幸いです。

私、佐藤孝治は、脳出血(左被殻出血)により2018年2月7日から5月10日までの93日間に渡り、入院をしておりました。「佐藤佐吉大演劇祭2018 in 北区」の王子地区商店コラボポスターに起用されたにも関わらず入院してしまいました。

f:id:kojisato515:20180518054254j:plain

入院中に自分で歩けるようになってからは「佐藤佐吉大演劇祭2018 in 北区」の3作品とお誘いをいただいたスズプロの作品を拝見しました。劇場まで歩いていくということがリハビリテーションになると同時に、演劇のパワーをいただき元気になりました。

2月 7日 脳出血が発症し会社で倒れ明理会中央病院に入院
3月 1日 イムス板橋リハビリテーション病院に転院
3月25日 クロムモリブデン『たまには海が泳げ!』
3月31日 劇団スポーツ『グランマに伝えて、アニーは不死身。』
4月 8日 シラカン『坦々とおこり』
4月30日  スズキプロジェクトバージョンファイブ本公演『Z-Studio ~ゾンビ映画は愛を育む~』
5月10日 退院
5月15日 46歳誕生日を迎える
5月16日 仕事復帰
5月18日 久松湯にて退院後初温泉

 

現在は、日常生活には全く不便がないくらいまで回復いたしました。倒れた時に100キロあった体重は85 キロになりました。現在、残っている右手と右足の痺れと痛みを改善するために、必要な治療や各種トレーニングを継続して行なっています。

 

■入院から退院までの経緯

2月7日の朝、会社にて倒れました。脳出血(左被殻出血)により、右方麻痺、いわゆる半身不随といわれる状態になり、救急車で明理会中央病院に搬送されました。私の記憶は断片的なのですが、家族に聞くと何を言っているのかわからない状態だったそうです。

脳出血は、脳の動脈の一部が破れ、脳の中に血液があふれ出る病気です。動脈の破れた部分は自然にふさがり、出血はまもなく止まりますが、あふれ出た血液が固まって血腫(けっしゅ)ができ、この血腫が脳を圧迫したり破壊したりして、脳のはたらきが阻害され、さまざまな神経症状が現われてきます。手術をせず、保存的に加療することになりました。

翌日からリハビリテーションが始まりました。私の場合は、右方麻痺と失語が現れました。右腕が全く動かず、歩くことができず、うまく喋れない状態で、この先どうなるのだろうかと思いながら、祈る気持ちで毎日リハビリをしていました。2月16日から徳田博丸さんにいただいたハンノキ発酵エキス ちむぐくる を飲み始めました。2月の後半になると、病院内を歩けるようになり、右手も動くようになり、ゆっくり喋れるようになりました。車椅子の操作はかなり上達して、病院内を自由に動いて売店に行ったり、ラウンジに行ったりしていました。

 

お見舞いでたくさんの元気をいただきました。

3月1日にイムス板橋リハビリテーション病院に転院し、本格的なリハビリがスタートしました。理学療法士作業療法士言語聴覚士の3人のリハビリスタッフとマンツーマンで1日3枠3時間 のリハビリを土日祝日も休みなく毎日行いました。理学療法士のリハビリでは、歩くことができるようになるために、足の筋肉を徹底的に鍛えました。高校時代のバスケ部の夏合宿のことを思い出しました。

転院してすぐは95キロありました

3月8日には車椅子を卒業できました。自分で歩けることが嬉しくて自主トレも積極的にやるようになりました。3月25日には外出許可を得て「佐藤佐吉大演劇祭2018 in 北区」を開催中の花まる学習会王子小劇場で観劇しました。クロムモリブデン『たまには海が泳げ!』を見ました。3月31日には王子スタジオ1にて劇団スポーツ『グランマに伝えて、アニーは不死身。』を観劇しました。

4月9日には「イムス板橋リハビリテーション病院 2018年新入社員研修 自分らしく活き活き生きるファーストステップ」を行いました。3月2日に作業療法士リハビリスタッフの方から「4月に入社する新入社員たちにお話をしていただけませんか?」とお話をいただきました。まさに「オーダーメードのリハビリテーション」でした。私が実現したい希望を踏まえて実用的・応用的練習をご提案していただきました。「1ヶ月で歩けるようになり、立った状態で講演ができるようになる」ということを強烈にイメージしてトレーニングに励みました。1時間の講演のために1ヶ月かけて準備をしました。無事成功し自信につながりました。みなさんからのアンケートは私の宝物です。

リハビリの目標に「和太鼓を以前に近いレベルで再開できるようになる」を掲げ3月からずっと練習をしていました。4月8日に大江戸下町太鼓の練習に参加しました。たった2曲叩いただけだで、物凄い汗をかき、血圧は150を超えていました。4月22日の練習では落ち着いて叩けるようになりました。4月22日には赤羽馬鹿祭り2018大パレードを家族で観戦しました。5月6日の稽古にも参加しました。

入院中に多くの友人と親戚がお見舞いに来てくださいました。失語の障害のリハビリテーションには友人とのお話がものすごい効果がありました。本気のキャリア相談、独立相談、人生相談をさせていただくことも多かったのですが、ものすごい実践型リハビリテーションになりました。ありがとうございました。

弊社の社員が2年目になったと報告してくれました

色々と考えて、入院していることを、退院した後にご報告をさせていただくことにさせていただきました。メールやメッセージをいただいた方にご連絡をさせていただいておりましたので、ご連絡ができていない方が殆どの状態になっておりました。ご容赦いただければ幸いです。たまたま、用事がありメッセージを下さった方が、驚いてその日のうちに来て下さったこともありました。本当に素敵な仲間とご縁をいただいていることに幸せを感じる日々でした。ありがとうございました。

医師、看護師、薬剤師、リハビリスタッフ、医療相談員、病院スタッフの皆さんに大変お世話になりました。家族に何から何までサポートしてもらいました。5月9日に最後のリハビリテーションを終え、5月10日に退院することができました。ありがとうございました。

 

みなさんでお見送りしてくださいました。ありがとうございました。

■脳外科の主治医に今後のことを相談しました

イムス板橋リハビリテーション病院を退院した後に、急性期にお世話になった明理会中央病院の脳外科の主治医に今後の治療について相談に行きました。そこでお話を聞いて改めて、本当に大変な病気だったのだと思いました。「後遺症がない状態を目指す」「体重75キロを目指す」「仕事で最高で最善の状態を目指す」という3つのことを達成するまで禁酒することにしました。

以下のようなお話をお聞きしました。

3月7日の倒れた直後の写真を見ると、大きな白い血の塊があります。これが時間と共に徐々に血が吸収されていきます。3月23日の写真を見ますと、まわりがこのように黒く抜けているのは出血したところの周りのむくみが残っているんです。徐々にもやっとしてきて消えてきてるのが分かります。そして、これが今日の写真ですがこれはもうむくみというよりも傷跡になってきています。黒く抜けています。時間がもっと経ってくると、もっと神経が脱落して、もっと小さい傷跡になってくるのですが、それは、神経が完全に死んじゃってる状況です。出血した部分は神経が食われて死んでしまうんですよ。

一番最初に言葉がでなかった状況になったときは、出血して周りの神経を圧迫している場合と神経そのものが死んでしまって生き返らない場合があります。強い後遺症が残っている人は手足が動かない状態で、それがなぜかと言うと神経が死んでしまっているという状況だからなんです。

倒れた直後に比べて徐々に良くなってきているのはなぜかと言うと、佐藤さんが若いということと、自分自身が生き残った神経が新たにネットワークを作ろうと、戻そう戻そうとして治癒力が働いていたからなんです。さらに、リハビリテーションに入っていただいたのは、そういう治癒力を後押ししてくれるからなんです。

佐藤さんが、これだけ元気に帰れたということは本当にラッキーだったんです。出血した血が大切な所の神経を完全に食ってしまって、もう、戻ることができないという状況だったら寝たきりだったんです。それを、今の医療で、お薬を入れてあげる、手術をしてあげるということをしても神経を戻すことはできないのです。今の医学の力では脳の神経を生き返らせることはできないのです。

脳出血脳梗塞が起きた時、脳外科の出番にはなるのだけれども脳外科医の力では元に戻してあげることはできないんです。脳の中でことが起きた後に元に戻せるかどうかはご本人次第なんです。そして、後はリハビリテーションを行うしかないのです。

僕ら脳外科の医師がやってる治療というのは急性期の時に、出血が大きくならないように管理をしたり、生きるか死ぬかという状況になった場合には手術をすることもあるけれども、その場合には、寝たきりになってしまうことが多いのです。

佐藤さんは不幸中の幸いでした。さらにラッキーだったのは、その後佐藤さんが頑張ってくれてここまで何とか頑張ってくれたということなんですよ。同じような出血の状況であったとしても高齢だった場合は難しかったでしょう。同世代の方で同じような出血の状況でも出てくる症状が厳しい状況になったりするんです。

「そんなことを、今言われても」ということかもしれないけれども、実際にこういう事って起きてしまったら、脳外科医としてもなんともしてあげられないということが多々あるんです。一番大切なことは、脳に対する内科的な治療が起きない方が良くて、脳外科医の出番にならない方が良くて、内科の先生とコミュニケーションをしっかりとっていくことができるような自分のライフスタイルに組み込みやすいところにクリニックに行っていただくのが一番大切です。

6月に入ったらMRIを撮らせていただきます。そして、お近くのクリニックの内科の先生をご紹介いたします。頭の写真を撮って 何かが大きく変わるということはないとは思うけれども、今回大きなことが起きたので頭の写真を定期的に撮っていき、脳外科の確認は必要ないじゃないでしょうかというところまで行きましょう。

急性期の治療では、止血と同時に血圧のコントロールをしていました。血が飛び出してしまったところを、血圧を下げればあげれば血を止めることができます。しかし、治療をしてがっつり血を止めたとしても、広がっていってしまう人もいるんです。そうなってくると生きるか死ぬかという状況で手術になってしまうのです。

そういう場合、手術をやったとしても死んでしまった神経が生き返るわけではないので、言葉は悪いけれども命を救うだけになってしまうのです。脳を切り込んで行って出血をババっととって行くようになってしまうので、そこまでいきついちゃうと、行き着くところまで行き着いちゃってる状態なので、寝たきりはもう覚悟しなくてはいけなくて、場合によっては意識が戻ってこない可能性があって、それくらい危うい状態ではないと手術はできないのです。脳外科の治療の現場で緊急の手術でいいことはないのです。そうなって欲しくないから、僕ら脳外科は躍起になってこういうことをお伝えしています。

感覚のおかしさというのは、リハビリを頑張ってもなかなか良くならないんです。感覚に違和感があるとか痺れとかははなかなか良くならないです。半年経って残ってしまったものが後遺症です。佐藤さんの場合は8月まであるので、もっともっと良くなることを期待しています。佐藤さんは、大変なことが起こったけれども、ここまでやってくることができて本当によかった。もちろん油断してはいけませんよ。頑張っていきましょう。

■仕事復帰の準備をしています

脳外科の主治医の先生にお話をお聞きして、自分の幸運に感謝しつつ、仕事復帰のための準備を進めています。右手と右足の痺れと痛みを改善するために必要な治療やトレーニングを行なっています。色々と素晴らしい方法を教えていただきました。今後、自分の体にあっていると感じたものに挑戦して行きたいと思います。

5月10日 明理会中央病院にてリハビリテーションをしてくださったお二人に退院の報告に行きました。「果たして治るのだろうか」「いつ治るのだろうか」という不安で一杯だった時に、私以上に一生懸命リハビリをしてくださいました。ありがとうございました。

自分よりも一生懸命私のことを考えてくれていました

5月10日 すずき美容室東大島駅)にて髪をカット。5年前に一緒にインド合宿に行った安崎舜くんが日本一の美容師を目指して修行を経て親子三代続く老舗美容室の3代目店主になりました。美容室で感動したのは初体験です。また別途詳細を書きたいと思います。

5月11日 トヨタ自動車『 Toyota Global Impact 』見学。2月7日に倒れるまでは私がナビゲーターを務める予定だったイベントに行きました。私では到達できなかったレベルに進化していました。働くことの本質を対談でお聞きして刺激を受けました。

5月12日 あいナチュラル鍼灸院吉祥寺駅)にて鍼灸治療。新卒で入社した会社の同期の中山 かおりさんが院長を務める鍼灸院で15年前から学び始めて10年前に開業されました。施術してもらっている最中に効いていることを確信しました。

5月13日 大江戸下町太鼓で和太鼓奏者の活動を再開。和太鼓は改めて健康になるためのエクササイズとしても素晴らしいと確信しました。ご興味がある方は、一緒に和太鼓をしませんか?私が和太鼓の叩き方をレクチャーいたします。毎週日曜9時から12時までです。

5月16日 ジョブウェブの仕事に復帰しました。

5月18日 練馬区の久松湯にて退院後初天然温泉に入ります

2018年5月18日 佐藤孝治

 

 

 

 

 

【役者募集】徳田博丸脚本メソッドの実験ワークショップ(無料)5月6日(日)10日(木)開催

徳田博丸(とくだひろまる)の新しいメソッドを実験する取り組みが、5月6日(日)と10日(木)にあります。

こちらにご参加いただける役者さんを探しています。

徳田博丸(とくだひろまる)
平成でいちばん人生が変わる喜劇作家。
脚本家・演出家・放送作家・アクトコーチ・企業研修講師。
1972年9月12日生まれ 大阪府八尾市出身。
http://tokichan.com/writer/tokudahiromaru/

f:id:kojisato515:20170630165427j:plain

実験ワークショップ(無料)で具体的にやることは、作家の出す人間関係図に沿って即興で演技をして行きます。その上で、物語が成立するかを確認して行きます。俳優としては、どんな課題が出てくるのか?を確認をしていきます。

進化した徳田博丸脚本メソッドをみなさんと一緒に実践して分かち合いたいと思っています。

五芒星の中に入れて三角形ができる図形の人間関係が成立すれば物語は作れます。その内容に則って役者が演じれば、生き生きとしたキャラクターを実際に目で見た上で台本が書けるので、脚本に宛書のようなピンポイントさが生まれるはずです。役者は、設定に合わせて深くしていくことで、即興なれど、台本あるより、言葉に縛られない分、演じやすくなるはずです。物語の根本は、人と人との性の違い、プライドなど、いろんな部分があるけど、それをまとめるヒントを与えあう場になるはずです。


【作家がやること】

・いつ、どこでを決める
・星印=五芒星の形の図形に、人間の関係性を書いていく。
・5人ができるだけつながるようにする。
・三角形が出来ている関係性の所を揉めるように作っていく。

【役者がやること】

・その設定にのっとって演じていく。
・できるだけ深く役作りをしていく。
・自分なりの設定を乗せてもいい。
・キャラクターも載せてもいい。

【作家と役者が一緒にやること】

・即興芝居を開始し作家は芝居を見ながら、構成をまとめていく
・芝居の中でどうしても入れたいシーンは後から入れ込み可能。
・芝居の流れを、箇条書きにしてまとめていく。
徳田博丸脚本メソッドの方程式に当てはめて脚本を書く

こんな流れのワークです。もろもろ検証しながら進めていく形になると思います。どうぞ、よろしくお願いいたします

【5月6日日曜】
場所:桜川にある ライブレストラン「フラミンゴ ジ アルーシャ」のリハーサル室です。http://www.flmg.jp/

時間:14時にお店の前に集合
内容時間は2時間~3時間を見ておいてください。
*動きやすい恰好で参加してください。
*この回、少し参加者が足りていないので、もしよろしければ
お仲間さんにお声かけしていただけると助かります。

【5月10日木曜】
場所:「フラミンゴ ジ アルーシャ」http://www.flmg.jp/
時間:17時ごろからスタート予定
内容時間は2時間から3時間を見ておいてください。
*動きやすい恰好で参加してください。

皆様どうぞ、よろしくお願いいたします
問い合わせ先 徳田博丸 090-4275-0859

 

www.jobweb.jp

日本一の個人投資家と竹田和平生誕85周年記念&出版イベントをご一緒しませんか

ジョブウェブ会長の佐藤孝治です。

私には、人生の師匠であり恩人であり目標
である方がいます。

それは、日本一の個人投資家と称された
竹田和平さんです。

https://chitokushishinokai.or.jp/soul/assets/images/message_photo.jpg

和平さんの一番弟子で、私の親しい友人の
山本時嗣さんが和平さんの教えを伝える為
に本を上梓されました。

日本一幸せな大富豪 竹田和平さんが命をかけて教えた
魂に火をつける5つの物語(愛称:たまもの)

という本です。

今、読み終わりました。
魂に火がつきました。
和平さんの声が聞こえてきました。

本の中のこのシーンには私もいました。

P9 本田健さん山本時嗣さん達とファミレス

P47 第一回貯徳問答講説明会

P175 和平さんのお芝居を作るお願い

(ぜひ、本を読んで確認してください)

この本に書いてあることは、リアルです。
読んでいただくと、きっとあなたの魂に
火がつきます。

現在、出版記念、大感謝キャンペーンが
行われています。

期間は2018年1月9日から2月4日まで。

本の中に登場する方の動画も合わせて
みていただきたいです。

また1冊でも、お買い求めいただいた方に、

竹田和平さんから学んだ幸せなお金持ちになる7つの教え」
をテーマに本田健さん(「ユダヤ人大富豪の教え」をはじめ
とした累計700万部ベストセラー作家)と山本時嗣さんとの
対談動画!(30分)

竹田和平さんから学んだ強運に生きるとっておきのコツ」
をテーマに本田晃一さん(ベストセラー「はしゃぎながら夢
をかなえる世界一簡単な法」著者)と山本時嗣との対談動画!
(30分)

をプレゼントしてくれます。

さらに、SNS上で、ご感想やご紹介をすると、

竹田和平さんから学んだ成功する起業家の極意」をテーマに
鬼頭宏昌さん(竹田和平さん最初の弟子。株式会社 SBIC
代表取締役)と山本時嗣との対談動画!(30分)

竹田和平さんから学んだ神様に応援される真心マーケティングの極意」
をテーマにムラモトヒロキさん(竹田和平さんの最後の弟子。
「眞心マーケティング」主宰。高価格帯商品高収益化を実現する「軍師」)
と山本時嗣との対談動画!(30分)

がプレゼントされます。

キャンペーン詳細とお申込みはこちらからどうぞ。
→ https://chitokushishinokai.or.jp/soul/

https://chitokushishinokai.or.jp/soul/assets/images/keyvisual_headline.svg

さらに、

竹田和平生誕85周年記念&出版イベントが開催されます。

私、佐藤孝治は、司会を担当します。

本の中に登場している私の友人が登壇します。
ぜひ、直接繋がって話をしていただきたいです。

和平さんの物語が演劇になりました。
あなたの魂に火をつけるきっかけになるでしょう。

ぜひ、ご一緒しましょう。

東京は満員御礼で、神戸と愛知のみお席がございます。

<兵庫>
2018年1月28日(日)
神戸三宮・シアターエート―
兵庫県神戸市中央区琴ノ緒町5丁目6-9
第1回 14時~16時  (開場 13時30分)
第2回 18時~20時 (開場 17時30分)

<愛知>
2018年2月11日(日)
お菓子の城
愛知県犬山市新川1-11
13時30分~15時30分 (開場 13時00分)

竹田和平生誕85周年記念&出版イベント
→ https://chitokushishinokai.or.jp/arigatou/


追伸

実は、竹田和平生誕85周年記念&出版イベント
に、2018年1月22日までにお申込の上ご入金
確認ができた方に

竹田和平の「これからの経営に大切な事」
講演動画をプレゼントするキャンペーン
をしています。

ぜひ、明日までにお申し込みください。
 

【新規生徒募集開始】徳田博丸の「脚本」教室

吉本新喜劇松竹新喜劇の脚本家・演出家として活躍中の平成でいちばん人生が変わる喜劇作家 徳田博丸が脚本を書くイロハとコツを全5回(1回2時間)でプライベートレッスンで伝授します。

[News]1期生高島麻利央さんがWOWOW脚本大賞優秀賞受賞

「ずっとお芝居の台本って書いてみたかった!でもどう書いていいのわからない…。」

「アイデアはぼんやりあるけど、カタチにできない」

「ステキなシーンを思いついた!…けど、どうすればお芝居にできるの?」

など、自分で脚本を書いてみたいと思っている人のために、徳田博丸の「脚本」教室をスタートします。徳田博丸がこれまで学び形にしてきた脚本を書くイロハとコツを誰かに伝えたいという想いから徳田博丸の「脚本」教室 の構想が動き出しました。

徳田博丸の「脚本」教室では『アイデアの種』を発見するところからお芝居のカタチにするまでの、脚本を書くイロハとコツを、全5回(1回およそ2時間)でお教えします。講義は基本、マンツーマンですが、前半の講義を同期の仲間と一緒に行う場合もあります。

徳田博丸(とくだひろまる)

平成でいちばん人生が変わる喜劇作家。
脚本家・演出家・放送作家・アクトコーチ・企業研修講師。
1972年9月12日生まれ 大阪府八尾市出身。

f:id:kojisato515:20170630165427j:plain

イッセイ尾形さんの一人芝居を知り衝撃をうけて17歳で役者を志す。

7年がんばるも挫折。大谷大学在学中にスターウォーズにはまり神話の共通点に気づき、世界中のありとあらゆる神話を研究しまくる。
1993年、大学の授業にシェイクスピアの脚本を翻訳する課題の授業を受け、セリフの掛け合いの妙を深く学ぶ。

大学を中退し、フリーマーケットで古着を売る商売をはじめる。
ヴィンテージの古着ブームの追い風に乗って、順調に商売をしていったが、阪神淡路大震災の影響と商品の仕入れと不良在庫に悩まされる日々が続く。

同時期に、脚本に興味を持ち出し、好きな映画のセリフを耳で聞き書き写し、一冊の脚本を完成させたりして楽しむようになる。
紙とペンだけでお金になる脚本ってすごい!っと気づく。

その流れで、関西の小劇団で演劇活動の中で脚本を手がけるようになるが、上手に物語を運ぶことが出来ず、言いたいことがまったく書けていなく、自分の脚本力のなさに悩む。その時、自分で書き映していた映画のセリフの事を思い出し、読み返すことで、脚本の構成の仕方の一定のリズムがあることに気づく。

フリーマーケットを中心に3年ほど商売していると、役者仲間から、松竹芸能の俳優部の新人たちのための台本を書いてくれと依頼される。
それがきっかけで松竹芸能の俳優部に所属することに。

1997年に「ますだおかだ」さんのイベントのコント作家を担当するようになる。
これをきっかけに放送作家としての活動を始め、俳優から作家へ転身することに。

森脇健児さんのラジオの構成や、ドキュメンタリーの構成・台本を担当するなど、幅広くテレビ・ラジオ・イベントの構成・脚本を数々担当するようになる。

笑福亭鶴瓶師匠主催の舞台監督をするようになり、鶴瓶師匠のそばでテレビ・ラジオ・イベントの企画の立て方、進め方を学ぶ。

関西テレビの子会社の制作会社へ入社し、テレビディレクションの仕事に就くが、自分の作って行きたいモノはこれではないと感じ、ここで映像編集や番組制作を学ぶが、早々に退社するか迷う。

そんな中、鶴瓶師匠のイベントのゲストにイッセー尾形さんが出演、その打ち上げの時にお話ができ、尾形さんが「俺はただ好き勝手にやっているだけですよ」といわれ、「ああ、俺は好き勝手やってないわ」と思い、次の日、テレビ制作会社を退社する。
フリーで放送作家に戻り活動を続ける。

その後2001年に吉本新喜劇の脚本・演出を担当するようになり、当時注目されていた関西小劇団の人気作家たちが、3本以上書いた人がいない事を知り、自分は吉本新喜劇で、この人たちより少し多い5本は書こうと目標におき、吉本新喜劇の脚本を書くことに挑む。

結果的に、数百本以上の書き下ろし作品を発表する。その他の演劇やラジオドラマの脚本、ドキュメント取材の脚本など多数執筆。演出も手掛けるようになる。

その傍ら、コメディーミュージックユニット「こひごころ」のボーカル“ハイビスカス博士”として音楽活動も並行して行う。

2004年から2005年 仕事絶頂のときに、職場の人間関係悪化から突然仕事をほされる事も・・・。
その後、再び吉本新喜劇の脚本を担当するようになる。子供が生まれるも家に全然帰れないほどの超ハードワークを続け、ストレスからメニエール病突発性難聴になり休息宣言する。

2011年1年間の執筆休業中に、生活の糧が必要なので番組制作会社に再就職する。
沖縄に一人旅に行き、沖縄本島北部にある古宇利島にて、カフェやレストランを経営する実業家の木嶋一矢さんに出逢う。木嶋さんを人生のメンターとし、沖縄の海や自然に触れることで、心身ともにリフレッシュし奇跡的に回復する。仕事の整理をし、会社も退社。再びフリーになってマイペースで仕事をするようになる。

2013年 埋もれた才能にスポットライトをあてる団体「ココロック」を旗揚げ。
代表を務め、表現者たちの可能性の場を提供する活動を行ったり、2014年、若い表現者たちを育てる「徳田博丸主催演技勉強会」を開催する。

自分の得た知識を、自分だけで終わらせてしまってはいけない。エンタテインメントの知識は分け与えても減ったり損したりはしないと考え、後進の育成に力を注ぐようになる。

ジャンルを問わず様々な表現者のみならず“豊かな人生を送るために、演劇のメソッドを利用した『感情解放』”を促す『アクトコーチ』の活動を開始。

2015年からは、若手俳優たちによる、歌とダンスとお芝居を追求したパフォーマンスチームの創設を計画。“出会った人のチャンスメーカーになる”と活動の方針を定めていく。

また、沖縄で「よしもと沖縄花月」がオープン、それに伴い、沖縄の文化を笑いで紹介できる喜劇「おきなわ新喜劇」の立ち上げに参加。ガレッジセールさん・スリムクラブさんら沖縄出身芸人とともに、沖縄に通い、「おきなわ新喜劇」の脚本と演出を手がける。
自分を回復させてくれた沖縄にコメディを根付かせようと尽力するようになる。

2017年現在、関西の喜劇の老舗、伝統ある松竹新喜劇の脚本を担当するようになることで、
吉本と松竹の新喜劇を担当するようになった平成で唯一の脚本家となる。
また「徳田博丸の脚本教室」をはじめ、教え子の高島麻利央さんがWOWOW脚本大賞優秀賞を見事受賞する。

プライベートでは男子2人の家庭を愛する父親でもある。

徳田博インタビューをお聞きください

徳田博丸がどのようにして吉本新喜劇の脚本家・演出家になっていったのか、脚本を書くイロハとコツを掴み取って行ったのかがお分かり頂けるインタビューです。

なぜ無名の新人だった徳田博丸さんは吉本新喜劇の脚本家・演出家になれたのか

f:id:kojisato515:20160421071428j:plain

徳田博丸の「脚本」教室 講義内容

  • イデアだしから、ストーリーの構築
・プロット(あらすじ)の書き方
・セリフにしていく時の注意点
・書いてきた台本の添削指導と、展開アイデア出しなどを一緒に行います
  • 受講者と一緒になって台本を作り上げて行きます
  • 大阪市内に通える方は、カフェにて講義(というよりも台本制作打ち合わせと言う方がイメージに近いです)を行います
  • 遠方の方は、メールのやりとりや、ネットの通信にて講義(打ち合わせ)を行います
  • 最終アウトプットは30分弱の台本を1本作り上げることを目指します

あなたと一緒に「脚本の力」「演劇の力」「物語の可能性」を模索したい

徳田博丸の「脚本」教室』プロジェクトチームでは「この教室はどのような価値を生み出すことができるのか」「どんな人のどんな悩みを解決できるのだろうか」「テレビ、ラジオ、演劇などの世界で活躍したい人の登竜門になりたい」「ビジネスパーソンが仕事で何かを表現する時に物語を創る力が役に立つのではないか」という議論をしてきました。演劇の力、脚本の力、台本の力が何に役に立つのか。物語の可能性を門下生の皆さんと一緒に模索して行きたいと思っています。

自分の脚本を完成させた門下生のインタビュー

中嶋悠紀子さん

ー脚本を書いて見てどうでしたか?

・1時間の作品を約2週間で仕上げるのは、結構ハードでした。しかし、事前のプロットをきっちり書いていたことにより、書くスピードはとても速かったです。

・レッスンで脚本の質が上がっていくにつれ、完成が待ち遠しくなり、上演して、誰かに見てもらいたいという気持ちが大きくなりました。

・書いていくうちに、言われた通りに直した方が作品として収まりがいいけど、ここを譲るのはどうも気持ちの上で納得できない。という葛藤がありました。しかし、その葛藤があったことで改めて自分が書きたいテーマに気付くことが出来ましたし、その気持ちを徳田先生に伝え時に快く受け入れて下さり、一緒に考えて下さったのはとても嬉しかったです。

ーレッスンはどんな感じで進んでいきましたか?

・プロットの作成に3回、脚本の添削指導に2回の配分でレッスンが行われました。
最初のレッスンは書いてみたい物語を5本程度準備し、それぞれ5行程度のあらすじで纏めて来たものを見ながら、可能性の広がりそうなものを二人で検討しました。(この、5本程度準備する…に結構苦戦しました。)2・3回目は、選んだ一本を更に細分化していく作業を行い、ここでいよいよ脚本執筆に取かかります。4・5回目は実際に書いた脚本の添削作業でした。

・事前に宿題で書いて来たものを、流れが良くなるように組み替えたり、二人で想像を膨らませ て新しいアイデアや可能性を探ったりするのに時間多くの時間を割きました。

・どれだけレッスンで大丈夫と思っていても、一人の作業で行き詰る時もありました。そういう時はナーバスになりますし、ナーバスになると視野も狭くなっていくので、レッスンに来て、良い個所を褒めて励ましてくださるのはとても嬉しかったですし、視野が広がっていきました。

 ・事前に宿題で書いて来たものを、流れが良くなるように組み替えたり、二人で想像を膨らませ て新しいアイデアや可能性を探ったりするのに時間多くの時間を割きました。

・どれだけレッスンで大丈夫と思っていても、一人の作業で行き詰る時もありました。そういう時はナーバスになりますし、ナーバスになると視野も狭くなっていくので、レッスンに来て、良い個所を褒めて励ましてくださるのはとても嬉しかったですし、視野が広がっていきました。

 
高島 麻利央さん

ー脚本を書いて見てどうでしたか?

脚本を書いたことは初めてではありませんでしたが、ほぼ1週間おきにレッスンがあり、見てもらうと思うと、嫌が上にも書かなければならず(笑)、また下手なものは見せられないというプレッシャーもありました。
が、脚本を書くことはやはり楽しいし、いい本を書いて作品にしたいし、仕事にしたいと思えました。

ーレッスンはどんな感じで進んでいきましたか?

5回のレッスンのカリキュラムがあり、基本的にはそれに沿って進んで行きましたが、私は序盤は比較的スムーズに進んで予定よりも早かったと思います。後半は自身としては中々進められませんでしたが…
カリキュラムにとらわれず、受講者のペースに合わせていただけるのは個人レッスンならではだと思います。

柘植 朋紘さん

ー脚本を書いて見てどうでしたか?

ただひたすら恥ずかしかったです。また、世の中の物語を創作する人たちを、思いっきりリスペクトするようになりました。

ーレッスンはどんな感じで進んでいきましたか?

一生懸命書いた真夜中のラブレターのような宿題の中から、先生がしっかりと可能性を見つけてくださり、ちょっとだけ設定を加えたり、台詞を変えるだけで、登場人物が生き生き動き出す、そんな魔法を毎回見せていただきました。気がつけば、32000文字も書けてました。

衛藤 美和子さん

— 脚本を書いて見てどうでしたか?

自分がまさか一本お話をつくれるようになると思っていませんでしたので、完成した原稿に驚いている次第です。 プロットづくりが一番大変でした。とくに「理想の結末」を考えるのが下手(もしくは慣れていない)だったり、全体の設計が直線的&平坦だったため先生のアドバイスをいただきながら何回も書き直しましたので、結構時間がかかってしまいました。ただ、この「理想の結末を考える」行為は、仕事でも人生においても私が避けてきたことのような気がし、ここでちゃんとやらなければあとで後悔するように思いました。なにかの結末を考えるという行為自体に、最初は背徳感すら覚えましたが、なんとかやり遂げられてよかったです。

一方、プロット以降は、脚本づくりの面白さも実感できました。とくにセリフづくりについて、いろんな人の性格を細かく想像して練っていく作業に没頭しました。とくに友達のカナコと、てんらくという意地悪な落語家のセリフづくりがたのしかったです。また、落語がテーマだったので、先生に落語のことについていろいろ教えてもらったり、自分でも寄席にかんする資料をあさったりしてディティールを足していく作業も楽しかったですし、勉強にもなりました。

—レッスンはどんな感じで進んでいきましたか?

最初はぼんやりとしたアイデアをいくつか提出して、そこから膨らませられそうなエッセンスを徳田先生が拾ってくださりアイデアの骨子が固まっていきました。 わたしは両親の口癖を基にした、落語の話を広げることになり、徐々にプロットにしていきました。マンツーマンで先生とやりとりしながらさらにブラッシュアップしていくのですが、先生の即興のアドバイスやセリフ、ダジャれがすごく面白くて、授業が毎回楽しみでした。 ただ、自分もそこに即興でアイデアを出せればよかったのですが、なかなかその場では思いつけなかったのでアドバイスを持ち帰って自分の中で消化して、さらに脚本に落とし込みました。 また、たまたまお伺いした時間にスタジオで舞台のおけいこをされていて、見学する機会をいただいたのですが、脚本が舞台になるさまがありありとわかり、とても勉強になりました。

徳田博丸の「脚本」教室 門下生になるまでのステップをご案内します

  1.  徳田博丸の「脚本」教室が気になった方はとりあえず公式Facebookページに「いいね!」をしてください。最新情報を随時アップして参ります

  2. ご質問、ご相談はいつでもお受けしております。公式Facebookページから【メッセージを送信】をクリックしてお問い合わせください。

  3. 参加を希望される方は公式Facebookページから【メッセージを送信】をクリックして「参加を希望します」とメッセージをお送りください。参加までの詳細をお送りさせていただきます。

  4. 入門審査(学びたい理由や目的を拝見してご期待に添えるかを判断させていただきます)通過後に、参加費用をお振込頂く口座をご案内いたします。参加費用150,000円をご入金ください

  5. ご入金確認後スケジュールを調整して徳田博丸の「脚本」教室がスタートします

※マンツーマンレッスンのために、同時期にお受けできる人数が3人までとなっております。現在はお申し込み後すぐにスタートできる状況ですが、教室がスタートした後は、お待ち頂く場合がございます。ご了承ください。お申し込みをお待ちしております。

【芝居】カムヰヤッセン「淵、そこで立ち止まり、またあるいは引き返すための具体的な方策について」2017.2.16(木)ワテラスコモンホール

いよいよ本日、2月19日は、千穐楽
19(日) 11:00 / 15:00。当日券を出すとのこと。

 

カムヰヤッセンの活動休止公演は3年間位温めていたという題材「介護殺人」がテーマでした。誰もが淵にいるのかもしれない。その淵を越えないための具体的な方策は本当に大切だと思う。事件が起きる前に、3人の刑事が相談に乗ってあげることができていたらどうなっていたかなと思いました。

余計なものが削ぎ落とされたシンプルな舞台での3人芝居。贅沢な時間でした。どこかで聞いたことがあるようなバグパイプの音色、照明の光、役者の表情。ずっと観ていたかったなあ。

配布された資料の出演情報には小島明之さんと辻貴大さんの今後の出演作品がずらりと並んでいました。

次回公演情報には「しばらくお待ちください。」とありました。

お待ちしております。

一緒に観劇した根木さんと松原さん(観劇デビューでした)

f:id:kojisato515:20170218111218j:plain

【芝居】劇想からまわりえっちゃん「溶けて解せない」2/15[水]花まる学習会王子小劇場

王子小劇場で昨年8月に公演した「怒りは理由悲しみはYES!」が佐藤佐吉演劇賞2016優秀作品賞、優秀衣装賞、最優秀音響賞を受賞した劇想からまわりえっちゃん。そして、青沼リョウスケさんが「今回、最高傑作ができたかもしれないです」とおっしゃっていたので、ものすごく期待して最前列で観ました。

いやー、凄かった。圧倒的な熱量で、迫り来る意味がわからない言葉(後でわかってきたりするのだけど)の応酬。音と光に包まれたステージで、劇中歌を本気で歌う。気合いのダンス。ダイジェスト映像をずっと観ているのかなと思うくらいかっこいいシーンが続く。

 

子供から大人に変わる芽生えについての対立と、兄弟が一人の女性を愛してしまった対立が織りなす物語。岸本武享さんと林廉さんの兄弟対決に固唾を飲んだ。ムトコウヨウさんの月に癒された。

この週末、あなたにも目撃していただきたい作品でした。

「呟きます」というとチョコをもらえるよ。

f:id:kojisato515:20170218110117j:plain

kojisato515.hatenablog.com

 

【芝居】マジメイト「マジメですがなにか?」2017.2.12[日]花まる学習会王子小劇場

大槻さんがやりたいと思ったことを本気で形にしたエンターテイメントショー。ショートコントと音楽ライブを組み合わせたエンターテイメントショーという感じでした。不真面目な人に真面目な人が迷惑を被っている。だから、みんな真面目に生きろという。でも、単純な真面目ではダメだ。自分らしく生きろという。

f:id:kojisato515:20170218105453j:plain

「真面目になる薬をお試しになりたい方いませんか?」という問いかけがあって、一緒に観劇した仲間が手を挙げた。「お客様はすでに真面目なので違う方で」とスルーされた。そのあと、客席に座っていた女優さんが選ばれて舞台に登場して、次のシーンへという流れになった。あそこで、彼が選ばれて真面目になる薬を飲んだ(空っぽの瓶ではあるが)らどうなっただろう。それが観たかった。そこでハプニングがあってから、仕込んである人で進めていくみたいな流れにできたら最高だったなあ。

大槻さんの自己実現力がすごい。演劇には色々なスタイルがある。

https://www.facebook.com/majimeito/