演劇×(教育×地域×採用)

花まる学習会王子小劇場の企画発起人の佐藤孝治の観劇ブログです。

【新規生徒募集開始】徳田博丸の「脚本」教室

吉本新喜劇松竹新喜劇の脚本家・演出家として活躍中の平成でいちばん人生が変わる喜劇作家 徳田博丸が脚本を書くイロハとコツを全5回(1回2時間)でプライベートレッスンで伝授します。

[News]1期生高島麻利央さんがWOWOW脚本大賞優秀賞受賞

「ずっとお芝居の台本って書いてみたかった!でもどう書いていいのわからない…。」

「アイデアはぼんやりあるけど、カタチにできない」

「ステキなシーンを思いついた!…けど、どうすればお芝居にできるの?」

など、自分で脚本を書いてみたいと思っている人のために、徳田博丸の「脚本」教室をスタートします。徳田博丸がこれまで学び形にしてきた脚本を書くイロハとコツを誰かに伝えたいという想いから徳田博丸の「脚本」教室 の構想が動き出しました。

徳田博丸の「脚本」教室では『アイデアの種』を発見するところからお芝居のカタチにするまでの、脚本を書くイロハとコツを、全5回(1回およそ2時間)でお教えします。講義は基本、マンツーマンですが、前半の講義を同期の仲間と一緒に行う場合もあります。

徳田博丸(とくだひろまる)

平成でいちばん人生が変わる喜劇作家。
脚本家・演出家・放送作家・アクトコーチ・企業研修講師。
1972年9月12日生まれ 大阪府八尾市出身。

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イッセイ尾形さんの一人芝居を知り衝撃をうけて17歳で役者を志す。

7年がんばるも挫折。大谷大学在学中にスターウォーズにはまり神話の共通点に気づき、世界中のありとあらゆる神話を研究しまくる。
1993年、大学の授業にシェイクスピアの脚本を翻訳する課題の授業を受け、セリフの掛け合いの妙を深く学ぶ。

大学を中退し、フリーマーケットで古着を売る商売をはじめる。
ヴィンテージの古着ブームの追い風に乗って、順調に商売をしていったが、阪神淡路大震災の影響と商品の仕入れと不良在庫に悩まされる日々が続く。

同時期に、脚本に興味を持ち出し、好きな映画のセリフを耳で聞き書き写し、一冊の脚本を完成させたりして楽しむようになる。
紙とペンだけでお金になる脚本ってすごい!っと気づく。

その流れで、関西の小劇団で演劇活動の中で脚本を手がけるようになるが、上手に物語を運ぶことが出来ず、言いたいことがまったく書けていなく、自分の脚本力のなさに悩む。その時、自分で書き映していた映画のセリフの事を思い出し、読み返すことで、脚本の構成の仕方の一定のリズムがあることに気づく。

フリーマーケットを中心に3年ほど商売していると、役者仲間から、松竹芸能の俳優部の新人たちのための台本を書いてくれと依頼される。
それがきっかけで松竹芸能の俳優部に所属することに。

1997年に「ますだおかだ」さんのイベントのコント作家を担当するようになる。
これをきっかけに放送作家としての活動を始め、俳優から作家へ転身することに。

森脇健児さんのラジオの構成や、ドキュメンタリーの構成・台本を担当するなど、幅広くテレビ・ラジオ・イベントの構成・脚本を数々担当するようになる。

笑福亭鶴瓶師匠主催の舞台監督をするようになり、鶴瓶師匠のそばでテレビ・ラジオ・イベントの企画の立て方、進め方を学ぶ。

関西テレビの子会社の制作会社へ入社し、テレビディレクションの仕事に就くが、自分の作って行きたいモノはこれではないと感じ、ここで映像編集や番組制作を学ぶが、早々に退社するか迷う。

そんな中、鶴瓶師匠のイベントのゲストにイッセー尾形さんが出演、その打ち上げの時にお話ができ、尾形さんが「俺はただ好き勝手にやっているだけですよ」といわれ、「ああ、俺は好き勝手やってないわ」と思い、次の日、テレビ制作会社を退社する。
フリーで放送作家に戻り活動を続ける。

その後2001年に吉本新喜劇の脚本・演出を担当するようになり、当時注目されていた関西小劇団の人気作家たちが、3本以上書いた人がいない事を知り、自分は吉本新喜劇で、この人たちより少し多い5本は書こうと目標におき、吉本新喜劇の脚本を書くことに挑む。

結果的に、数百本以上の書き下ろし作品を発表する。その他の演劇やラジオドラマの脚本、ドキュメント取材の脚本など多数執筆。演出も手掛けるようになる。

その傍ら、コメディーミュージックユニット「こひごころ」のボーカル“ハイビスカス博士”として音楽活動も並行して行う。

2004年から2005年 仕事絶頂のときに、職場の人間関係悪化から突然仕事をほされる事も・・・。
その後、再び吉本新喜劇の脚本を担当するようになる。子供が生まれるも家に全然帰れないほどの超ハードワークを続け、ストレスからメニエール病突発性難聴になり休息宣言する。

2011年1年間の執筆休業中に、生活の糧が必要なので番組制作会社に再就職する。
沖縄に一人旅に行き、沖縄本島北部にある古宇利島にて、カフェやレストランを経営する実業家の木嶋一矢さんに出逢う。木嶋さんを人生のメンターとし、沖縄の海や自然に触れることで、心身ともにリフレッシュし奇跡的に回復する。仕事の整理をし、会社も退社。再びフリーになってマイペースで仕事をするようになる。

2013年 埋もれた才能にスポットライトをあてる団体「ココロック」を旗揚げ。
代表を務め、表現者たちの可能性の場を提供する活動を行ったり、2014年、若い表現者たちを育てる「徳田博丸主催演技勉強会」を開催する。

自分の得た知識を、自分だけで終わらせてしまってはいけない。エンタテインメントの知識は分け与えても減ったり損したりはしないと考え、後進の育成に力を注ぐようになる。

ジャンルを問わず様々な表現者のみならず“豊かな人生を送るために、演劇のメソッドを利用した『感情解放』”を促す『アクトコーチ』の活動を開始。

2015年からは、若手俳優たちによる、歌とダンスとお芝居を追求したパフォーマンスチームの創設を計画。“出会った人のチャンスメーカーになる”と活動の方針を定めていく。

また、沖縄で「よしもと沖縄花月」がオープン、それに伴い、沖縄の文化を笑いで紹介できる喜劇「おきなわ新喜劇」の立ち上げに参加。ガレッジセールさん・スリムクラブさんら沖縄出身芸人とともに、沖縄に通い、「おきなわ新喜劇」の脚本と演出を手がける。
自分を回復させてくれた沖縄にコメディを根付かせようと尽力するようになる。

2017年現在、関西の喜劇の老舗、伝統ある松竹新喜劇の脚本を担当するようになることで、
吉本と松竹の新喜劇を担当するようになった平成で唯一の脚本家となる。
また「徳田博丸の脚本教室」をはじめ、教え子の高島麻利央さんがWOWOW脚本大賞優秀賞を見事受賞する。

プライベートでは男子2人の家庭を愛する父親でもある。

徳田博インタビューをお聞きください

徳田博丸がどのようにして吉本新喜劇の脚本家・演出家になっていったのか、脚本を書くイロハとコツを掴み取って行ったのかがお分かり頂けるインタビューです。

なぜ無名の新人だった徳田博丸さんは吉本新喜劇の脚本家・演出家になれたのか

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徳田博丸の「脚本」教室 講義内容

  • イデアだしから、ストーリーの構築
・プロット(あらすじ)の書き方
・セリフにしていく時の注意点
・書いてきた台本の添削指導と、展開アイデア出しなどを一緒に行います
  • 受講者と一緒になって台本を作り上げて行きます
  • 大阪市内に通える方は、カフェにて講義(というよりも台本制作打ち合わせと言う方がイメージに近いです)を行います
  • 遠方の方は、メールのやりとりや、ネットの通信にて講義(打ち合わせ)を行います
  • 最終アウトプットは30分弱の台本を1本作り上げることを目指します

あなたと一緒に「脚本の力」「演劇の力」「物語の可能性」を模索したい

徳田博丸の「脚本」教室』プロジェクトチームでは「この教室はどのような価値を生み出すことができるのか」「どんな人のどんな悩みを解決できるのだろうか」「テレビ、ラジオ、演劇などの世界で活躍したい人の登竜門になりたい」「ビジネスパーソンが仕事で何かを表現する時に物語を創る力が役に立つのではないか」という議論をしてきました。演劇の力、脚本の力、台本の力が何に役に立つのか。物語の可能性を門下生の皆さんと一緒に模索して行きたいと思っています。

自分の脚本を完成させた門下生のインタビュー

中嶋悠紀子さん

ー脚本を書いて見てどうでしたか?

・1時間の作品を約2週間で仕上げるのは、結構ハードでした。しかし、事前のプロットをきっちり書いていたことにより、書くスピードはとても速かったです。

・レッスンで脚本の質が上がっていくにつれ、完成が待ち遠しくなり、上演して、誰かに見てもらいたいという気持ちが大きくなりました。

・書いていくうちに、言われた通りに直した方が作品として収まりがいいけど、ここを譲るのはどうも気持ちの上で納得できない。という葛藤がありました。しかし、その葛藤があったことで改めて自分が書きたいテーマに気付くことが出来ましたし、その気持ちを徳田先生に伝え時に快く受け入れて下さり、一緒に考えて下さったのはとても嬉しかったです。

ーレッスンはどんな感じで進んでいきましたか?

・プロットの作成に3回、脚本の添削指導に2回の配分でレッスンが行われました。
最初のレッスンは書いてみたい物語を5本程度準備し、それぞれ5行程度のあらすじで纏めて来たものを見ながら、可能性の広がりそうなものを二人で検討しました。(この、5本程度準備する…に結構苦戦しました。)2・3回目は、選んだ一本を更に細分化していく作業を行い、ここでいよいよ脚本執筆に取かかります。4・5回目は実際に書いた脚本の添削作業でした。

・事前に宿題で書いて来たものを、流れが良くなるように組み替えたり、二人で想像を膨らませ て新しいアイデアや可能性を探ったりするのに時間多くの時間を割きました。

・どれだけレッスンで大丈夫と思っていても、一人の作業で行き詰る時もありました。そういう時はナーバスになりますし、ナーバスになると視野も狭くなっていくので、レッスンに来て、良い個所を褒めて励ましてくださるのはとても嬉しかったですし、視野が広がっていきました。

 ・事前に宿題で書いて来たものを、流れが良くなるように組み替えたり、二人で想像を膨らませ て新しいアイデアや可能性を探ったりするのに時間多くの時間を割きました。

・どれだけレッスンで大丈夫と思っていても、一人の作業で行き詰る時もありました。そういう時はナーバスになりますし、ナーバスになると視野も狭くなっていくので、レッスンに来て、良い個所を褒めて励ましてくださるのはとても嬉しかったですし、視野が広がっていきました。

 
高島 麻利央さん

ー脚本を書いて見てどうでしたか?

脚本を書いたことは初めてではありませんでしたが、ほぼ1週間おきにレッスンがあり、見てもらうと思うと、嫌が上にも書かなければならず(笑)、また下手なものは見せられないというプレッシャーもありました。
が、脚本を書くことはやはり楽しいし、いい本を書いて作品にしたいし、仕事にしたいと思えました。

ーレッスンはどんな感じで進んでいきましたか?

5回のレッスンのカリキュラムがあり、基本的にはそれに沿って進んで行きましたが、私は序盤は比較的スムーズに進んで予定よりも早かったと思います。後半は自身としては中々進められませんでしたが…
カリキュラムにとらわれず、受講者のペースに合わせていただけるのは個人レッスンならではだと思います。

柘植 朋紘さん

ー脚本を書いて見てどうでしたか?

ただひたすら恥ずかしかったです。また、世の中の物語を創作する人たちを、思いっきりリスペクトするようになりました。

ーレッスンはどんな感じで進んでいきましたか?

一生懸命書いた真夜中のラブレターのような宿題の中から、先生がしっかりと可能性を見つけてくださり、ちょっとだけ設定を加えたり、台詞を変えるだけで、登場人物が生き生き動き出す、そんな魔法を毎回見せていただきました。気がつけば、32000文字も書けてました。

衛藤 美和子さん

— 脚本を書いて見てどうでしたか?

自分がまさか一本お話をつくれるようになると思っていませんでしたので、完成した原稿に驚いている次第です。 プロットづくりが一番大変でした。とくに「理想の結末」を考えるのが下手(もしくは慣れていない)だったり、全体の設計が直線的&平坦だったため先生のアドバイスをいただきながら何回も書き直しましたので、結構時間がかかってしまいました。ただ、この「理想の結末を考える」行為は、仕事でも人生においても私が避けてきたことのような気がし、ここでちゃんとやらなければあとで後悔するように思いました。なにかの結末を考えるという行為自体に、最初は背徳感すら覚えましたが、なんとかやり遂げられてよかったです。

一方、プロット以降は、脚本づくりの面白さも実感できました。とくにセリフづくりについて、いろんな人の性格を細かく想像して練っていく作業に没頭しました。とくに友達のカナコと、てんらくという意地悪な落語家のセリフづくりがたのしかったです。また、落語がテーマだったので、先生に落語のことについていろいろ教えてもらったり、自分でも寄席にかんする資料をあさったりしてディティールを足していく作業も楽しかったですし、勉強にもなりました。

—レッスンはどんな感じで進んでいきましたか?

最初はぼんやりとしたアイデアをいくつか提出して、そこから膨らませられそうなエッセンスを徳田先生が拾ってくださりアイデアの骨子が固まっていきました。 わたしは両親の口癖を基にした、落語の話を広げることになり、徐々にプロットにしていきました。マンツーマンで先生とやりとりしながらさらにブラッシュアップしていくのですが、先生の即興のアドバイスやセリフ、ダジャれがすごく面白くて、授業が毎回楽しみでした。 ただ、自分もそこに即興でアイデアを出せればよかったのですが、なかなかその場では思いつけなかったのでアドバイスを持ち帰って自分の中で消化して、さらに脚本に落とし込みました。 また、たまたまお伺いした時間にスタジオで舞台のおけいこをされていて、見学する機会をいただいたのですが、脚本が舞台になるさまがありありとわかり、とても勉強になりました。

徳田博丸の「脚本」教室 門下生になるまでのステップをご案内します

  1.  徳田博丸の「脚本」教室が気になった方はとりあえず公式Facebookページに「いいね!」をしてください。最新情報を随時アップして参ります

  2. ご質問、ご相談はいつでもお受けしております。公式Facebookページから【メッセージを送信】をクリックしてお問い合わせください。

  3. 参加を希望される方は公式Facebookページから【メッセージを送信】をクリックして「参加を希望します」とメッセージをお送りください。参加までの詳細をお送りさせていただきます。

  4. 入門審査(学びたい理由や目的を拝見してご期待に添えるかを判断させていただきます)通過後に、参加費用をお振込頂く口座をご案内いたします。参加費用150,000円をご入金ください

  5. ご入金確認後スケジュールを調整して徳田博丸の「脚本」教室がスタートします

※マンツーマンレッスンのために、同時期にお受けできる人数が3人までとなっております。現在はお申し込み後すぐにスタートできる状況ですが、教室がスタートした後は、お待ち頂く場合がございます。ご了承ください。お申し込みをお待ちしております。